父エリアス・ピーター・ヘルフゴット

父親との対立 ポーランドのユダヤ人街に住むラビ(ユダヤ教会の指導者)の息子として、1903年に生まれる。

ピーターの成長期には、社会共産主義が東欧中に広まり、幼いユダヤ人少年たちをとりこにする。
12,3歳のピーターも例外ではなく、家族が疑いもせずに信じ、忠実に従ってきたユダヤ教よりも
マルクスやエンゲルスの言葉を信じる。そのことが原因で父親と猛烈な口論になり、ピーターは
ラビのひげを切り落とそうとする、大胆不敵な行動に出る。

父親との口論に拍車をかけたのは、音楽家になりたいというピーターの望みだった。ピーターは
父親に内緒で働き、念願のヴァイオリンを買うが、父親はそれを息子の手から奪い取り、粉々に
叩き壊してしまった。ユダヤ教では、ラビの息子は父親の後を継ぐのがしきたりだった。

ピーターはユダヤ人学校に行こうとせず、家出をしては、連れ戻される。14歳で家族と故郷を捨て、
東欧をさまよう。その後の21年間の足取りについては不明である。

1934年にオーストラリアのメルボルンに移民としてやって来る。独学で読み書きを習得し、工業用
アイロンを発明し、工場に卸す。相変わらず、共産主義に傾倒する。独学でピアノとヴァイオリンが
弾けるようになる。仕事や社交でユダヤ人社会と付き合うが、経済的に成功しているユダヤ人に怒りと
羨望を抱く。

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