最終更新1997年6月28日

母体保護法と人工妊娠中絶

長谷川仁志

 ナチスの優生思想の流れを汲むと内外から批判されていた優生保護法が、1996年ようやく改正され、人工妊娠中絶の対象から、遺伝性疾患が削除され、母性の生命・健康の保護を目的とした規定のみに限定された。

 これに伴い、医療関係者の間では、「出生前診断により、胎児が重度の先天異常を有する場合には人工妊娠中絶の対象とする」、いわゆる胎児条項の創設を求める声が強い。

 これに対し、障害者団体などは、「障害をもつ人々の存在の否定と、障害をもつ人々とその家族の福祉の否定につながる」と、反対の声が高い。

 また、改正法律名の最初の案は「母性保護法」であったのが、女性団体の反対で「母体保護法」に変えられたといわれるが、その背景には、「子どもを産むかどうか、産むならどのように産むかは女性の権利」というリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)の思想があり、女性の間では、人工妊娠中絶の際の配偶者の同意に反対し、リプロダクティブ・ライツとともにリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)を保障する新しい法律を制定すべきだという者も多い。

 これらの問題を考える際の参考として次の三つの事柄をあげたい。@人工妊娠中絶は年々減少しているとはいえ、なお年間34万件行われ、99.9%までが「経済的理由」による。ちなみに、最近の出生数は年 120万程度である。A風疹流行の年には、妊娠中の風疹感染を理由とする人工妊娠中絶が恐らく数千件に上り、先天障害児出生の数十倍に当たる。しかし、胎児の風疹ウイルスの遺伝子診断では、胎児の風疹感染率は20%に過ぎない。Bダウン症などの出生前診断として母体血清トリプルマーカーによる検査が普及しつつあり、これが「陽性」の場合、人工妊娠中絶が行われることが多いが、この検査の精度は低い。

(おわり)